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完済目指して奮闘したサラリーマンの奮闘回想録

図らずも「小泉相場」で大儲け

      2016/04/30

森喜郎政権を引き継いだ小泉政権が誕生したのは2001年4月のことでした。「ITバブル」崩壊で日経平均株価が底値を付けたのは2003年5月で、日経平均株価は7,603円まで下げました。

その後、小泉政権の「郵政民営化」やその他の様々な「小泉改革」を外国人投資家が支持し、日経平均株価は上昇していきます。この相場に乗っかり一時は利益をあげることに成功しました。その時の話です。

koizumi

小泉相場の上昇率

結局、日経平均株価は2006年5月に17,563円まで上昇し、ちょうど「小泉相場」3年間の上昇率は231%に達しました。

つまり、日経平均株価は3年間で2.31倍になった訳です。

特に、2005年6月の日経平均株価10,788円から「小泉相場」ピークの2006年5月の17,563円までは、僅か11ヶ月で62%の大幅上昇でした。2003年の終わりの時点での我が家の財政状況は、住宅ローン・自動車ローン・カードローンなど各種ローン合計2,750万という惨憺たる状態でした。

その上、クレジットカード未払い残高を約100万円抱え、毎月の収支は赤字続きの自転車操業。

つまり、我が家は完全に多重債務に陥っていた訳ですね。

しかし、家族や会社に対して、家計が多重債務に陥っていることを間違っても認めたくない私は前に進むことしかできませんでした。株のネットトレードを通じて債務を減らしていくことしか考えられなかったのです。

数年間のネットトレードを通して、何となく自分なりの儲けの感触を掴んでいたことも事実だったからです。また、当時、メディアが「小泉改革」を取り上げ、日経平均株価の2万円・3万円説が飛び交っていました。

しかし、当時の私の株式投資の軍資金は現金200万円とカードローンの借入枠500万円しかありませんでした。

カードローンの限界へ

もともと、カードローン枠は3社で900万円ありましたが、3年以上に渡るネットトレードで約100万円の損失が出たのと生活費の不足でカードローン借入残高は400万円に達していました。

そこで、私は地方銀行のカードローンを新たに作り200万円の借入限度額を確保し、合計でカードローンの借入枠を700万円に増やしました。

その4枚目のカードローンの申し込みで、恐らくこれ以上、銀行のカードローンを増やすことはできないと悟りました。

これまで、勤務する大手出版社で自分が担当する銀行の人事部や研修部経由でカードローンを作っていました。先方の担当者からは、それなりに喜ばれていましたが、さすがに担当銀行の中から4行目のカードローンを作るのは気が引けました。

また、そろそろ、各銀行が持つ個人信用情報ネットワークに引っ掛かる恐れも感じ始めていた次第。

某地方銀行の東京支店へ

そこで、今回は全く縁もゆかりも無い地方銀行の東京支店に飛び込んでみたのです。

縁もゆかりも無い地方銀行ですから、仮に審査で落ちてもダメージは少なくて済みます。ところが、私が懸念した通りカードローンの審査は難航しました。

当初、300万円の借入限度額を希望しましたが、長く待たされた挙句に借入限度額を200万円に減額されて何とか審査をパスしました。

担当の窓口担当者の緊張した応対から見て、審査はギリギリでパスしたようでした。

個人信用情報機関のデータは間違いなく調べられている筈ですから、大手銀行で900万円のカードローンがあることは解っていた筈です。

恐らく、最終的には大手出版社の現役正社員であることで、何とか審査をパスできたと思います。そんなこともあり、私は背水の陣でネットトレードに再挑戦する意気込みでした。

200万円の現金とカードローンの借入枠700万円を元手に、勿論、信用取引も利用しての仕切り直しです。

結局、私は図らずも「小泉相場」で大儲けすることになります。

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