借金返済ブログ

完済目指して奮闘したサラリーマンの奮闘回想録

入社3年目で年収は500万円を突破した

      2016/04/08

給与明細

大手出版社のフィールドセールス第3部に所属した私は、入社3年目で会社にも慣れ仕事も順調でした。金融グループに配属され銀行や生損保や証券などの担当者とも親しくなり、営業成績も常に上位をキープしていました。

1995年に入社した時の初任給は19万円ほどで、1年目の年収は350万円程度でした。

当時は大手出版社の給与水準は高くテレビや新聞社に次ぐ水準を誇り、大手銀行や大手生損保や証券を上回るほどでした。只、その後は出版不況で給与水準は伸び悩んでいますが。

ですので、入社3年目当時の私の年収は毎月の手当や賞与を含めると500万円の大台に到達です。

特に、営業手当は営業ノルマの達成率で変動したため、達成率の良かった私は営業手当が月に10万円の月もチラホラ。都内でアパート暮らしだったとはいえ独身の私には十分の収入で、普通に暮らしていれば借金ができる筈もありませんでした。

しかし、当時の私は貰っただけ使う生活で、飲み代やゴルフ代がジワジワ増加。

また、入社3年目の終わりにはローンで中古車を購入し、自動車ローン返済と駐車場代は月に5万円掛かりました。従って、賞与を含めると月収は40万円に達していましたが、毎月カツカツの状態でした。

その結果、毎月のクレジットカード代金もジワジワ増えていました。

けれども、当時の心境は「増える給与を先取りして使っているだけだ」という勝ってな思い込み。現金を使うと損をした心境でクレジットカードを使うと得をした様な理解不能な心境だったことを覚えています。

何故なら、クレジットカードは物やサービスが先取りで支払いが後だったからですが。その間違った思い込みが、この先の人生を狂わせていきます。

車を買った私は、その後、彼女もゲットし、ますます調子に乗って消費人生を謳歌していきます。彼女とのデート代は全て私がおごり最初は飲み食いが殆どでしたが、その後はホテル代や旅行代が加わっていきます。

また、社内に後輩ができた私は後輩を引き連れて夜の街に繰り出す回数も増えていきます。それでも、毎月の収支はカツカツでしたが、何とかつじつまは合っていると自分に言い聞かせていました。

  • 「自動車ローンは車が担保だから借金じゃない」
  • 「毎月の出費も多いがクレジットカードの支払いに遅れたことはない」

これが当時言い聞かせていた教訓(?)です。そして、忘れもしないのは入社4年目の春、大手都市銀行にいる大学の同期からの1本の電話でした。

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